計画的犯行
音楽を聴くと、聴いていた時の感情や情景をそのまま感じられることがよくある。
例えば、ゴールデンボンバーを聴くと、彼らにハマっていた高校生の頃の思い出が蘇る。TWICEを聴くと実習の行き返りの憂鬱さが降ってくる。3代目J Soul Brothersのあの、なんとかダンスの曲を聴くと大学に入学した年のどんよりとした気分になる。
そっくりそのまま、その曲を聴いていたころにわたしを連れ戻す音楽、すごい。
だから、わたしは考えた。
好きな本を読むときに、意図的に好きな音楽をかければ、その曲を聴くたびに最高に幸せな気分になれるのではないか、と!
今週のお題「読書の秋」、です。
わたしの好きなアイドルのコンセプトに、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」が大きく関係しているという情報を耳にした今年の5月、さっそくわたしは図書館に行って借りた。
そしてデミアンを開く前に、それを閃いたのである。デミアンを読むときは必ずなにかひとつの曲を流そうと。
さて、なんの曲にしようか?好きなアイドルの曲でもいいけれど、文字を読みながら耳元で歌詞を歌われたのでは集中できるはずがない。歌詞のないもの、と考えた時に、わたしがクラシックのなかでも好きな一曲が浮かんだ。
ドビュッシー 『月の光』
Apple musicで『月の光』を探したらたまたま辻井伸行さんのピアノが出てきたから、さっそく彼のピアノを聴きながら「デミアン」を読み始めた。
もともと読書をするときに音楽を流すなんてのはしたことがなかったから集中できず、結局絞りにしぼったボリュームで聴くことになったのだけれど。
それでも、雰囲気はばっちりだった。
デミアンはすごく精神的な、哲学書のような内容で、頭を動かしながらゆっくりゆっくり読み進める本だった。つまり、わたしのなかで『月の光』のもつ雰囲気と完璧に合っていたのだ。
大学の行き返りの電車の中や家で、わたしはゆっくりと読み進めた。
そしてある日、わたしは近所の図書館でデミアンを読むことにした。その図書館には小さな庭(雑草しか生えていない)を窓越しに眺めながら読書をすることができるスペースがあった。
その席に座り、例のように『月の光』を聴きながら読み進める。静かな館内で、緑を背景に、耳からは好きな音楽が流れ込む。そんな中での読書、最高に幸せだった。
デミアンを読み終えてから数か月間、『月の光』を聴くことは無かった。
”好きな本を読むときに、意図的に好きな音楽をかければ、その曲を聴くたびに最高に幸せな気分になれるのではないか”
そういう考えのもと、あえて音楽を聴きながら読書をしたというのにである。
しかし、どこか出かけた先で、たまたま流れた。
「あ、月の光」と思うと同時にわたしが引き戻されたのは、図書館で窓越しに雑草だらけの庭を眺めつつデミアンを読んだ、そのときの情景だった。
内容の難しさゆえに1か月ほどかけて読み、そしてそのほとんどが電車の中だった。それなのに、たった一度訪れた図書館での読書。そのときの情景がわたしの中で広がった。
これは予想外!驚いた。
しかし、図書館でデミアンを読んだ時間は最高に幸せだったのだ。
つまり、”好きな本を読むときに、意図的に好きな音楽をかければ、その曲を聴くたびに最高に幸せな気分になれる”という当初の目的、そしてわたしの計画的な犯行は無事成功を収めたのであった。
めでたし、めでたし。